まとめ 〜 円環の調和
2006/08/28
不確定分子モーターは熱力学第二法則と両立し得るか? 不確定分子モーターの著しい特徴は作用する時刻が不定ということだ。 時刻を不定にすることによって、熱が有していた場合の数を減らすことなく利用可能な仕事への変換を可能としていた。 確かにこの考えに従えば、場合の数についての矛盾は回避できるかもしれない。 しかしそれだけで熱力学第二法則の制約を完全に満たしていると言えるのだろうか。 本章では以下2点の疑問を取り上げ、それらに答える形で第二法則との共存の道筋を示した。
1:不確定分子モーターは温度差を生じ得るか。
これらに対する回答は次の通り。
不確定分子モーターの出力を全て1つの熱浴に振り向ければ、そこに温度差を生じるはずだ。 途中経過がどうであれ、温度差の無い状態から最終的に温度差のある状態が生み出されるのは矛盾ではないか。 2:非対称性はどこから生じるのか。 対称、可逆な構成部品から非対称な流れが生じるのは矛盾ではないか。
1:確定的な温度差を生じることはできない。
1,2は不確定分子モーターの情報収支に着目することで深く理解できる。
一時的に、あるいは不確定な時刻に温度差を生じることだけができる。 不確定分子モーターが為し得るのは全て一時的な状態であって、確定的な結果を残すことはできない。 2:非対称性は生み出されたのではなく、初期に与えられた情報を維持し続けているに過ぎない。 初期に与えられた情報のことを、ここでは特に「初源情報」と呼んだ。
・初期状態で、不確定分子モーターには幾ばくかの初源情報が与えられている。
以上の様な情報の流れを念頭に置くと、不確定分子モーターの作用は円環的であることに思い至る。
分子モーターの成す作用は全て一時的でしかなく、巡り巡って再び熱ゆらぎに返るということである。
そのように巡回する経路があって初めて不確定分子モーターは動作し得る。
これが非対称性の源となる。 ・不確定分子モーターは初源情報を保持し続けたまま、その後の動作を行う。 分子モーターは、外界とエネルギーのやりとりを行わずに初源情報を保持し続ける部分系を有している。 この部分系のことを「コントロール系」と呼んだ。 コントロール系は、外界とエネルギーも情報もやりとりしない。 ただ、外界と「仕切の出し入れ」という操作を通じて影響を及ぼし合う。 ・「仕切の出し入れ」操作によって、世界全体(=コントロール系+外界)の情報が増える訳ではない。 不確定分子モーターの為し得る状態は「情報が増大しない」範囲に制約される。 例えば、確定的に温度差が生じている状態は情報が増えているので実現しない。 しかし、不確定な時刻に一時的に温度差が生じたとしても、情報量は増えないので制約は免れる。 ・情報量が増えていないにもかかわらず、なぜ仕事を取り出すことができるのか。 それは「時刻が不確定」だからである。 不確定分子モーターは、その名のごとく時刻が不確定な分だけの仕事を成すことができる。 広い意味において、不確定分子モーターとは
「仕切の出入操作によってゆらぎを利用し、円環的な流れを生み出す過程」
のことである。
世界の全てが円環的な流れから成っているというわけではない。
世界は、エントロピー増大という直線的な過程と、巡り来る円環的な過程の絡み合いから成り立っているのである。
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