平均化と規則性
2006/08/24
一見でたらめでばらばらに見える現象であっても、多数のデータから統計的に全体を眺めてみると、個々の現象からは見えなかった法則が見出されることがある。 木ではなく森を見よ、ということだ。 「不確定」に出力されるエネルギー源というものを考えたとき、1つ1つはでたらめであっても、それらを多数集めることによって全体として確定的な結果を得ることができないだろうか。 例えば、次にエネルギーが出力される時間が1秒後か2秒後かわからない装置を1000個動作させれば、1000個が1000個とも同時に出力する確率はかなり低いし、1000個ともそろって出力しない確率もかなり低い。 平均して667個が出力する確率が最も高くなる。 (確率1/2ではない、0の後には必ず1が来るので確率2/3。) 数を10万個、100万個、と増やしてゆけば、平均から外れた状況は非常に低い確率でしか生じなくなるので、個々の装置が持っていた「不確定」という性質はほとんど失われる。 これは不合理な話ではないだろうか。 個々の装置の詳細が何であれ、全体として熱から確定的なエネルギーが得られたとすれば、結局それは第二種永久機関と何ら変わりないではないか。 実はここに不確定分子モーターの抱える大きな制限がある。 不確定分子モーターの出力を、単純に1つに集めることはできない。 多数の不確定分子モーターの出力を1つに集めようとすれば、平均化することによって不確定という性質が失われてしまう。 それと同時に、分子モーターの出力したエネルギー自体も失われるのである。 不確定と得られたエネルギーは表裏一体の関係にある。 一方が失われれば他方も失われる。 そうなることで物理的な矛盾が生じないのである。 なぜ単に集めることによってエネルギーが失われるのだろうか。 それは、これまで何度か説明したように「N通りの原因からN通りより少ない結果を得ることができない」からである。 (第2章、試行錯誤その2〜信号の合流参照) (不確定は伝播する、整流の説明参照) 異なる状態を1つにそろえようとすれば、どうしてもそこにエネルギーの消費が避けられない。 複数の不確定な出力を1つに集めるのにも、エネルギーの消費が必要なのである。
最も単純な状況を想定してみよう。
いま、不確定分子モーターと呼ばれる2台の装置AとBがあったとして、それぞれが予測不能なタイミングでエネルギーを出力していたとする。
エネルギーを出力する、しない、という状況を1と0で表現すれば、2台の出力パターンは
A B
の4通りある。
2つの出力を単純に合わせることができたとして、その結果をXとすれば、Xの出力パターンは
0 0 1 0 0 1 1 1
A B X
といった形になる。
Xの出力結果は0,1,2の3通りあって、平均すれば1となる。
さて、ここでXの結果が1となったとき、その元になるA、Bの状態には2通りある。
上の表で「状態1」「状態2」と書いた2つである。
この2状態で、Xの結果は全く同じだと言えるだろうか。
仮にXの結果が全く同じ状態であったなら、もともとA、Bが有していた2という状態数は消えてしまったことになる。
状態数が消えてしまうといったことは、物理的にあり得ない。
物理的にあり得るのは 0 0 0 1 0 1 -- 状態1 0 1 1 -- 状態2 1 1 2 1:状態1と状態2では、Xの結果が何かしら異なっているか、 2:Xの結果が全く同一になるように、表には現れていない別の出力があったか、 のいずれかである。 1:の場合は、一見すると結果を1つに集めたようではあるが、実は結果の中にまだ何らかの不確定要素が残っていて完全に1つにはなっていない、ということである。 2:の場合は、表には現れていない別の出力にエネルギーが振り向けられているはずである。 その別の何かとは、一般的には損失として散逸されるエネルギーのことを指す。 多数の不確定なエネルギーをきっちり1つにそろえようとすれば、どうしてもエネルギー損失が避けられない。 ただし、不確定なエネルギーから「ゆらぎ」を取り除くことをせず、「ゆらぎ」を含んだまま利用することは可能かもしれない。 2台の装置を横に並べて稼働させれば、時には右側の出力が大きく、時には左側の方が大きい、といった具合に不安定な出力が得られるだろう。 この不安定な出力をそのまま利用すれば、利用した結果は不規則に左右に振れた千鳥足のようなものになる。 不安定な結果を受け入れて、おおむね前方に進むということでよしとしなければならないだろう。 分子モーターというものは非常に小さな装置であり、そこから得られるエネルギーも非常に小さい。 いかに小さくともたくさん集めれば大きなエネルギーが得られるはずというのが常識なのだが、残念なことに分子モーターの話はそう簡単ではない。 不確定分子モーターの出力は、単純に1つに集めて平均をとることができない。 それというのも、不確定分子モーターの出力には必ず不確定な要素が含まれていなければならないからである。 大きなエネルギーを得ようとすれば、同時に大きな不確定をも受け入れなければならない。 上では多数の装置の平均をとる、いわば空間的に平均をとることを考えてきたが、似たような考察が時間的に平均をとる場合についてもあてはまる。 時間的に平均をとるとは、不確定分子モーターの出力を長時間に渡って蓄積し、ある確定的な時間に放出するといった操作のことである。 時間的な平均についての結論も上記の空間的な平均とほぼ同様だ。 エネルギーを蓄積し、安定化を図った時点でエネルギーの損失が不可避なものとなる。 結果として残るのは「不確定な分だけのエネルギー」なのである。 統計とは不思議なもので、でたらめな(互いに独立した)確率変数をたくさん集めてくると、その結果は定常的な1つの分布に近づいてゆく。 個々にでたらめなものを集めた結果を全体として俯瞰すると、そこに規則が現れる。 統計学も、統計力学も、たくさん集めると規則が生じるという事実を基礎に置いている。 当然と言えば当然なのだが、改めて何故にと問えば不思議なことではないか。 統計的な性質も含め、全く規則性を持たないものを考えることは極めて難しい。 全く偏りを持たず、全方位に等確率で分配されているものは「全く偏りを持たない」という規則に従っているのである。 不確定分子モーターとは、出力に含む不確定な要素の分だけのエネルギーが取り出せるものだということだった。 不確定な要素とは、より的確に言えば情報エントロピーのことであり、出力Eと情報エントロピーS'との間には
E <= T S'
なる関係があった。
しかし、この関係式は十分条件ではあるが必要条件ではない。(前節、出力パターンと効率)
不確定分子モーターの出力は、単に予測不能な要素を含むだけではなく、
ここで1つの難しい疑問に突き当たる。 いかなる観点から見ても全く不規則、不確定な出力(あるいは数列)といったものが果たして存在するのだろうか。 例えば次の数字列を見てほしい。
821480865132823066470938446095
一見でたらめなようだが、実はこれは円周率の小数点100桁目以降の数字なのである。
もしこのようなパターンを出力するエネルギー源があったとしても、その先に円周率計算機のような装置を取り付けることによって安定したエネルギーを得ることができるのである。
もし物理的に実在するあらゆるパターンが、実は円周率の様に必ず何らかの規則に従っているのだとしたらどうだろうか。
この世に「真に不確定」なものが無かったのだとすれば、全く規則性を持たない不確定分子モーターの出力というものも考えられないことになる。
ところが、こういった不確定の本質に関わる心配は無用である。 この世に「真に不確定」なるものが有るか無いかはわからないが、少なくとも人間(あるいは何らかの知的活動を行うもの)にとって不確定なものは存在する。 任意の数列が与えられたとき、それが何らかの規則に従っているのか否かを見分ける一般的な(万能な)方法は存在しない。 仮に、いかなる数列からも何らかの規則性を見い出せることができたとしよう。 もしこれが可能であれば、分子の熱運動からも何らかの規則性が引き出せることになる。 すると、その規則性を利用して熱運動から利用可能なエネルギーが得られることになるので、物理的に矛盾が生じてしまう。 それよりも不確定分子モーターの可能性を認めた方が矛盾は少ないのである。 不確定とは定式化できないものの総称である。 そのような不確定なるものを出力するのが不確定分子モーターなのである。 そして、定式化はできないのだが、この世に不確定なるものは確かに存在する。 |