第2種永久機関の見分け方 〜 逆流について
2006/08/22
いったい過去にどれほどの人が永久機関にチャレンジしてきたのか、私にはわからない。 ただ、そこに費やされた大半の努力は、幾許かの正しい知識があれば無駄にせずに済んだはずだ。 前の章に、第一種永久機関の間違いを探す方法を述べた。 それは「永久機関が1周してもとの状態に戻るまでのポテンシャルエネルギーダイアグラムを書く」というものだった。 「1周してもとに戻ってくるまでの、上り坂と下り坂の合計は等しいはず」だ。 しかしこのチェック法は第一種の永久機関にしか有効ではない。 第二種永久機関はエネルギー保存則については満たしているのだから、「上り坂と下り坂」についてのつじつまは一応合っている。 それでは、第二種永久機関の間違い見破る定番の方法はないのだろうか。 ある。 その方法とは
「逆転の発想〜装置を逆向きに動かしてみる」
ことである。
第二種永久機関とは、熱エネルギーを他の有用な形態に変換する装置である。 この装置を逆回しに運転すれば、有用な形態のエネルギーが熱エネルギーに変換(変換というより消費)されるはずだ。 ここで、果たしてこの装置を順方向に動かすのと、逆方向に動かすのとどちらが自然な動きだろうかと考えてみるのである。 大抵の場合、逆方向運転の方が順方向運転よりもよほど自然なはずだ。 ここでいう「より自然な」とは、正しくは「より高い確率で実現する」という意味である。 この世にあるどんな装置も(あるいはどんな現象も)順方向に動けば必ずその逆方向にも動かすことができる。 逆方向に運転するとは、時間を逆転してみるということと同じである。 酸素と水素が化合して水ができるなら、この逆に水が分解して酸素と水素に戻る逆反応も存在する。 ただ順反応と逆反応を比べた場合、順反応が起こる確率の方が逆反応が起こる確率よりも圧倒的に高い。 だから大量の酸素分子と水素分子があったなら、ほとんどが水の状態となっている。 理論に忠実に考えるなら、水のなかにはごくわずかの確率で酸素分子と水素分子が混じっていることになる。 例えばここに、ガソリンを燃焼して前進する自動車があったとしよう。 この過程を正確に逆回しにすれば、空気中から廃棄ガスと熱を取り入れながら後退する自動車ということになるだろう。 こんな逆転自動車など絶対ありえないように思えるが、ひとつひとつの過程を調べてゆくと100%不可能ともいえなくなる。 ガソリンの燃焼という化学反応にも、わずかながら逆反応が存在する。 爆発してピストンを押す気体も、逆に圧縮すればガソリンを生成する逆反応のためのエネルギーを作りだすことになる。 理屈の上では逆転自動車があってもおかしくはない、ただそれが実際起こる確率が極端に低いのである。 そもそも第二種永久機関とは、自然に起こる変化の向きを何とか逆転しようとする試みであった。 だから第二種永久機関で最も注意を払うべき点は「どちらの向きに動くか」である。 しかしながら第二種永久機関を考案しようとする人達は大抵の場合、順方向に間違いなく動くということのチェックに終始して、装置が逆方向にも動くということを念頭に置かない。 そして順方向の動きに一通り間違いがないとわかると「ついに永久機関を考案した」と早合点してしまうことになる。 確かに、一連の挙動を分解して、各々の動作を検証しても間違いは簡単には見つからないであろう。 理屈でいえば熱を吸って後退する逆転自動車だって間違いではないのだから。 本当の問題は「間違いなく動く」かどうかではなく「間違いなく意図した向きに動く」かどうかなのだ。 悪魔の装置を考える上で、しっかりおさえなければならないのが「入口と出口」である。 たとえ装置の中身にどんな複雑な仕掛けが凝らしてあろうとも、何が入って何が出てくるのかをしっかり見張っていれば、装置全体を一つのブラックボックスとして扱うことができる。 装置が意図した向きに動くかどうか見極めるのに、着目すべきは「本当に入口からエネルギーが入るのか」「本当に出口からエネルギーが出ていくのか」の2点に尽きる。 入口と出口では向きは逆だが基本的な考え方は一緒なので、特に見落としやすい出口について考えよう。 出口からエネルギーが出ていくための条件とは「出口から出そうとするエネルギーの温度の方が、排出先である周囲の温度より高いこと」である。 これは経験上は当然のことで、気温20度の部屋で100度の湯をさますことはできるが、10度の水をさますことはできない。 ならば、20.00000000000001度の湯を気温20度の部屋に置いたら確実に20度まで下がるだろうか。 これほどわずかの温度差だと、確実かどうかは疑わしくなってくる。 熱とはランダムな分子運動の集まりだから、局所的な値は常に変動している。 非常に敏感な温度計で気温を計れば、ある瞬間には20.00・・・01度、次の瞬間には19.99・・・99度といった具合に変動している値が得られることだろう。 気温20度という意味は、この変動の長時間に渡る平均値が20だということなのである。 だから、20.00000000000001度の湯を外気にさらしたところ、たまたま気温の方が20.00000000000002度だったということも充分ありえる。 こういうときは瞬間的にではあるが、気温から湯の方に熱が逆流する。 ただ、平均値で比べれば湯の方が気温よりもほんの少し高いのだから、湯から外気に熱が移る確率の方が、気温から湯に逆流する確率よりもほんの少しだけ高い。 熱は、ある瞬間には湯から外気に移り、次の瞬間には逆流したりを繰り返すのだが、長い目で見れば高温の湯から低温の外気への回数の方が、逆流する回数よりも多くなる。 個々の分子の振る舞いにはランダムな要素が含まれるので「この分子は確実にこの方向に動く」と言いきることはできない。 言えるのは「往きの方が帰りよりも起こりやすい」といった確率だけなのである。 いま考えている悪魔の装置が意図した向きに動くかどうかも、結局は確率的にしか言えない。 「順方向に動く確率90%、逆方向は10%、だからこの装置はトータルで(長時間平均して)順方向に動く」といった具合に。 悪魔の装置だけでなく、実際この世にある全ての装置、いや、全ての変化は厳密には確率的にしか表現できない。 自動車だって99.999・・・99%の確率でまっとうに走り、0.000・・・01%の確率で逆走(?)するのだと言える。 悪魔の装置で、出口からエネルギーが出ていく様子を詳しく見てみよう。 出口から出てゆこうとするエネルギーが外気の熱ゆらぎに比べてさほど大きくなければ(あるいは出口の温度が外気温よりも微かに高い程度だったなら)エネルギーが絶対確実に放出されるとは断言できなくなってくる。 出てゆこうとするエネルギーが小さくなればなるほど、逆流する確率は上がってゆく。 それでは、このエネルギーの大きさと逆流確率の関係はどのようになっているのだろうか。 予想できるのは、エネルギーを小さくしてゆくと逆流確率は急速に上がるだろうということ。 反対に、エネルギーを大きくすれば逆流確率は0%に限りなく近づいてはゆくけれど完全に0%にはならないということである。 グラフに書けば、エネルギーの大きさに対して徐々に0%に近づくようなカーブが描ける。 この関係は「多数の分子にエネルギーを分配するとどのようにゆきわたるか」という問題に帰着できるので、その答は1章で述べたボルツマン分布となる。 つまり、グラフの曲線は指数関数となる。 この指数曲線上で確率50%の点、即ち(エネルギー=熱ゆらぎの平均値)となる点に注目しよう。 これ以下の大きさのエネルギーは出口から外に出て行けない、あるいは外の熱ゆらぎにさらすことができないことを意味する。 つまり、この50%の点におけるエネルギーの大きさが有効な意味を持つ最小値なのである。 以上を理解すれば、第二種永久機関のような装置がはたして思惑通り順方向に動作するのか、逆向きに動くのか、はっきりと見分けがつけられる。 ”シラードの悪魔”の様な装置では、出口から排出する(信号)エネルギーが「確率50%を越す大きさ」でなければならないので、結局得られる仕事との採算がとれない。 前節で紹介した”複数の悪魔”は、複数の出口について全て50%以上の確率で動作しなければならないので、これも思惑通りには働かない。 その他、どれほど複雑な装置であっても直接熱にさらされている入口、出口をしっかり見張っていれば、大抵の誤りは看破できるはずだ。 |