序章 甦るMaxwellの悪魔
要約 〜 ここには何が書かれているのか?
2006/08/15  
分子の熱運動は、たとえ温度差が無くても、動力源として利用することができる。
理論的には熱運動のみを動力源として、現実的には熱運動以外の動力源を補助的に用いて、従来の熱機関(カルノーサイクル)よりずっと効率のよい分子モーター(分子程度の大きさのモーター)を作ることができる。

熱力学第二法則によれば、温度差のない状態下で分子の熱運動を動力源として利用するのは不可能ということだった。 しかし、よく考えてみると不可能なのは
 「熱運動を確定した時刻に、利用可能なエネルギーに変換する」場合であって、
 「熱運動を不確定な時刻に、利用可能なエネルギーに変換する」のは決して不可能ではない。
ここで言う「不確定な時刻に」とは、エネルギーが変換される時刻を予め明確に言い当てることができない、という意味である。

なぜ「不確定な時刻」であれば利用可能なのか。
熱運動とは、そもそも「作用する向きや大きさがわからない運動」のことだった。
わからない、即ち「場合の数が多い」運動を、わかっている、即ち「場合の数が少ない」運動に変換することは不可能だ。 もし熱運動を直接利用しようというのであれば、「わからない」ものは「わからないまま」利用するしかない。

「わからないまま利用する」とは一体どういうことか。
実は「取り出される時刻がわからないエネルギー」であれば、場合の数についての条件を満たしつつ、同時に動力源として利用可能という要件も満たすことができるのである。

例えば、取り出される時刻が1秒後、2秒後、3秒後のいずれかわからないエネルギーというのは「3通り」の場合の数を持つ。 このとき、たとえエネルギーの元になった熱運動が「3通り」の場合の数を持っていたとしても、場合の数についてのつじつまは合っている。 この例では3通り相当のエネルギー、E=kT*ln(3) を取り出すことができる。
取り出される時刻がわからないエネルギーというのは利用しにくいには違いないが、この例ならとにかく最大3秒待てば必ず利用できる。

   

エネルギーが取り出される時刻がわからないことには、本質的な意味があるのだろうか。
例えば、取り出されたエネルギーを一時的に蓄積した後に、改めて確定的な時刻に取り出したとすれば、時刻が不確定といった当初の性質は失われないだろうか。

そうはならない。

異なる時刻に取り出されたエネルギーを、何の損失も無しに確定的な時刻に作用するエネルギーに変える物理的手段が存在しないのである。
例えば、取り出される時刻が1秒後、2秒後、3秒後のいずれかわからないエネルギーを、確実に4秒後に作用するエネルギーに集約するには、最低 kT*ln(3) 以上のエネルギーの損失をともなう。 つまり、時刻を不確定にしたことによって取り出された利用可能なエネルギーは、時刻を確定した瞬間に消滅するのである。

   
場合の数についてつぶさに考察すれば、たとえ上記の様な「時刻不確定なエネルギー」が取り出せたとしても熱力学第二法則には反していないことが解る。 従って「時刻不確定なエネルギー」の利用は第二種永久機関では無く、熱力学第二法則の例外でも無い。
熱運動を利用するためには「エネルギーが取り出される時刻が不確定であること」が必要条件だったのである。
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