第二章 1分子気体パズルに挑む
悪魔の装置第一号
2006/08/22  

本論の最終目的は「熱運動から利用可能なエネルギーを取り出す装置は実現可能」を示すことだった。 なのに、これまでの様々な試みはことごとく失敗し、その度に得られる結論は「やはり熱統計力学は正しい。どう転んでも永久機関は不可能」というものであった。 しかし、失敗は成功の元。 これまでの試行錯誤から得られた知識によって、我々は答のすぐ近くにまで来ているのである。 本節では、いよいよ実現可能な悪魔の装置について触れよう。

私が編み出した実現可能な悪魔の装置は、これまでの試行錯誤の集大成のようなものだ。

1: まず始めに、熱運動する気体分子が1個だけ入っている部屋を想定する。 部屋の壁は等温壁で、分子はこの壁を通じて外界と熱エネルギーをやりとりすることができる。 部屋の壁の一方はピストンとなっており、このピストンを操作することによって分子の熱運動から仕事を取り出すことができるものとする。




2: この部屋の一部分に「罠」を用意する。 どんな罠かというと、分子が特定の空間内に入ったときに、スイッチが入って信号を発するというものである。 信号とは、情報の伝達ができて、伝搬するのに余計なエネルギーを消費しないものなら何でも構わない。 具体的には光、電気パルス、力学的な質点の運動などである。




3: 信号は「ピストン移動装置」に向かって発せられる。 ピストン移動装置は信号を受け取ると、間髪を入れずにピストンの位置を移動して、分子から仕事が取り出せる状態にセットする。 信号が発せられた直後には分子は特定の領域内にあることがわかっているので、ピストンをセットすることが可能となるわけだ。




4: 仕事を取り出す。 信号は外界に捨ててしまうのではなく、仕事を取り出している間、回路内で待機する。




5: 仕事を取り出し終えたら1周期終了で、最初の「罠」の状態に戻る。 次に使う信号は回路内で待機していたものを再利用する。 つまりこの「罠」とは、「分子が特定の空間内に入ったときに、待機していた信号をピストン移動装置に送るためのスイッチ」だったのである。




6: 信号は閉じた経路を一巡するだけで外界に一切接していないので、信号自体が熱ゆらぎに撹乱される心配はない。






以上が”悪魔の装置第一号”の概要だ。 上の説明で不十分な点は後ほど詰めることにして、まず全体を眺めた印象から始めよう。

正直にいって、私がこれを考案したときも「今までの試行錯誤と同様、きっとどこかが間違っているはずだ」と考えた。 前節の”分子ねずみ取り”と大差ない。 一体どこが違うのか。
まず第一に、分子を捕えたら”間髪を入れずに”仕事を取り出す、という点が違う。 これは「分子に逃げ出す隙を与えず、捕えた直後100%確実な状態で仕事を取り出してしまおう」というもくろみである。
次に、信号の経路が閉ざされている点が違う。 これで信号に関する限り熱ゆらぎの心配をしなくても済む。 実はこの装置、”分子ねずみ取り”の弱点を何とか補おうとした苦し紛れのものだったのである。 ところが、この苦し紛れの改良が予想以上の成果をもたらすことになったのである。

この装置がいままでの試行錯誤の数々と違うのは、始めて”逆転テスト”にパスしたことだ。 第二種永久機関の間違いを見破る常套手段は「逆転の発想〜逆向きに動かしてみる」であった。 この逆転テストでは、同時に2つの事柄をチェックしている。 1つめは「装置が順方向に動くだけではなく逆方向にも動き得ることを見落としていないか」という点。 もう1つは「因果律を満たしているか、即ち、1つの初期状態が必ず1つの結果に対応しているかどうか」という点だ。 上の装置を逆に動かしてみよう。 上では分子運動から仕事を取り出していた所を、今度は逆に分子運動をわずかに上回る力でピストンを押し戻してみる。 するとどうなるか、

1: ピストンを所定の位置まで押し戻すと、回路内で待機していた信号は「ピストン移動装置」に逆から入ることになる。 すると、ピストンは上の移動とは逆に、押し戻す前の初期位置まで巻き戻されることになる。




2: ピストンを押し戻す仕事は気体分子に蓄えられる(気体の温度を上げる)のだが、気体から等温壁を通じて、最終的には熱となって外界に放出される。




3: このとき、気体分子はピストンに押されて「罠」の範囲に入っているから、「ピストン移動装置」から逆に出てきた信号は「罠」を逆に通り抜けて待機状態に戻る。




4: これで逆向きに一巡した。 ここで再びピストンを押せば1:を再開する。




以上の様に、この装置は全て可逆過程の組み合わせから成っているのである。 従って、分子運動をわずかに上回る力でピストンを押せば、押した仕事−>熱という変換を行ない、反対に分子運動よりわずかに小さい負荷をピストンにかければ、熱−>仕事という変換をやってのける。 極端な場合、負荷を0にすれば装置は何の滞りもなく順方向に空回りするであろう。 負荷0なら装置は外界から熱を吸収もしなければ、仕事を産み出しもしない。 この状態は、例えば摩擦がなく外界と接してもいない車輪が一方の向きに回転し続けているのに似た状況である。 永久運動であって永久機関ではない。 ここで、ピストンがほぼ確実に順方向に動くように小さな負荷をかければ、取り出す仕事は少さくなるが、装置の動く向きは高い確率で順方向となるだろう。 一回に取り出す仕事の量=ピストンへの負荷を小さくすればするほど、装置が順方向に動く確率が上がり、その極限として負荷0で順方向の確率100%となる。 逆に負荷を大きくしていくと逆方向の確率が上がり、ある点で50%を越え、その後、負荷無限大で逆方向確率100%に漸近する。 つまり、この装置は確率的に見ても順方向に動くのである。

「逆転テスト」の第一のポイント「逆方向にも動き得ることを見落としていないか」はパスしたので、次は第二のポイント「因果律、1つの初期状態が1つの結果に対応しているかどうか」をチェックしよう。 装置を構成する個々の要素は可逆過程で、どこをとっても1つの原因:1つの結果を満たしている。 しかし、装置は外界から熱=ランダムな運動を取り入れているのだから、装置の原因となる状態〜初期状態は1つではないはずだ。 にもかかわらず結果である、取り出される仕事の状態は1つだけとなっている。 これはつじつまが合わない、やはりこの装置のどこかがおかしいのだろうか・・・実は、ここにこそ悪魔の装置の核心となる答がある。 (この答が解った!という人は、もうここから先を読む必要はない程の重要概念だ。) この悪魔の装置の核心部分は、最終的な結論として後の章にとっておこう。

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