逆転問題の回答 逆転問題とは・・・不確定分子モーターが逆方向にも動かないか?という疑問である。 1: 可逆な部品から構成されている分子モーターが、なぜ一方方向だけに動くのか? 2: もし一方方向だけに動くとしたら、その出力を1つの閉じた部屋に集めることによって、部屋の温度を上げることができないか? つまり、どうあがいてももとの等温な平衡状態よりも、状態数が減ってしまう〜熱力学第二法則に反してしまうのではないか? ----------------------------------------- 2: の答えとして、以前「結果として生じる温度差が不確定であれば状態数は減らない」と書いたことがあった、、、 しかしこの答えは正しくはない。 もし、もとの等温な状態が「正確にかっきり温度Tであったなら」、上の答は正しい。 より正確に言えば 「2つの部屋A,Bの温度が共に正確にTであったなら、この2つの部屋の温度にばらつきを与えることによって自由エネルギーを得ることができる」 「2つの部屋A,Bの温度が共に正確にT」である状態は「2つの部屋の温度にばらつきがある」状態よりも状態数が少ない。 なので「温度差を不確定にする」ことで、つまり2つの部屋の温度にばらつきを入れることによって自由エネルギーが得られる、というのは理屈の上では正しいのである。 しかし、平衡状態というのは「2つの部屋A,Bの温度が共に正確にT」である状態ではなく、「2つの部屋の温度にばらつきがある」状態のことである。 つまり、上の「生じる温度差を不確定にする」という過程は状態数の増大〜エントロピー増大過程なのだ。 一度温度差が「不確定に」なってしまえば、2度と「2つの部屋の温度をかっきり正確に等しく」することはできない(外部から自由エネルギーを与えない限り)。 平衡状態とは、考え得る限り状態数が最大の場合〜温度が等しい場合から、わずかの確率で偏っている場合までを含む〜あらゆる場合を含んだ状態のことである。 なので、平衡状態から出発して、最終的に平衡状態以外の結果に終わることはあり得ない。 最終的に温度差が生じることは、あってはならないはずだ。 ----------------------------------------- 不確定分子モーターとして動作が許されるのは、エネルギーが円環状に回っている場合だけである。 (もう1つ、無限に長い直線上を流れる場合がある。直線を半径無限大の円、と解釈すればよい) 2つの部屋A,Bの間に不確定分子モーターを置いて、A→Bというエネルギーの偏りを作ろうとしても徒労に終わる。 しかし、円環の上をぐるぐる回るだけならエネルギー分布は変化しないので、不確定分子モーターは動き続けることができる。 どちらかというと、不確定分子モーターの動きは「永久運動」、摩擦のない状態下で運動が継続すること、あるいは超伝導リングの中を永久電流が流れ続けるることに近い。 ただし、超伝導リングが熱ゆらぎと完全に隔絶しなければならないのに対して、不確定分子モーターは熱ゆらぎの中でも回り続ける点が異なる。 実のところを言うと、不確定分子モーターの中にも熱ゆらぎと完全に隔絶しなければならない部分系が存在する。 (熱運動している対象を観測し、コントロールしている信号系のことである。) 超伝導リングのことを頭に置くと、まず 1: 可逆な部品から構成されている分子モーターが、なぜ一方方向だけに動くのか? の問いに答えることができる。 超伝導リングが一方方向に回っているのは、最初にリングを置いたときに流した電流の向きが、たまたまそっちの方向だったのである。不確定分子モーターの場合でも、最初に与えた向きを、その後はかたくなに維持し続けている、というだけの話である。 一方に回っていなかった(両方に回り得る可能性を持った)系を、一方だけに回したならば、それでbit分の状態数が減ったことになる。だから、一方向きが「自然に」生じた訳ではない。 超伝導リングが外部からの熱攪乱によって破壊されるまで1bitを保持し続けるように、不確定分子モーターも「コントロールしている信号系」が死ぬまで一方方向に回り続ける。 一方方向に回り続けるのに必要な情報量はどのくらいだろう? 答えは、右回りか左回りかの1bitである。回る速度(あるいは量)を問わなければ、最初の1bitを守り続けるだけで回る向きを維持できるはずだ。 熱ゆらぎによる攪乱は、回る速度(量)を不確定にすることによって「受け流す」ことができる。 かくして、熱ゆらぎにもまれながらもibitを守り通し、一方方向に動作し続ける分子モーターが実現するわけだ。 こう考えてゆくと、不確定分子モーターの大きな秘密は「コントロールしている信号系」は必ずしも対象と同じ熱ゆらぎを受ける必要ない、という事実を看破したことではないだろうか。 実際のところ、「コントロールしている信号系」を超伝導リングのごとく完全に熱ゆらぎから遮断するのは困難だと思う。 しかし、少なくとも対象となる系よりは「守りを堅くして長生き」することはできるだろう。 守りが堅い -> 頑健な(robust)系、って表現しようか。 ※擬人的には、この「永久の1bit」を「意志」と表現してもよいと思う。 ******** さて、平衡状態から出発して、円環状の軌道の中を温度差を作ることなくぐるぐる回り続けることが不合理でないことはわかった。 しかし、これだと実用上あまりにも適用範囲が狭い。 これでは永久運動と同じく、負荷がかけられない、外部に対して全く仕事をしないではないか。 ・ポテンシャルの山を越えることはできないのか? -> 円環軌道上にでこぼこを作ることは可能だろう。 ・外部に何らかの影響を与えることはできないのか? -> 永続的に「結果を残す」ことはできない。ただ「一時的に」であれば、影響を与えることができる。 改めて深く考察の必要あり。 "統計力学の例外か.txt"メモを見よ。 「分子モーターと外部」という見方をすると見えてこない。 分子モーターの中身を 「コントロール系」-> 「対象となる熱ゆらぎ系」 ととらえたように、「外部」と呼んでいる系をこの -> の延長と考える。 「コントロール系」-> 「対象となる熱ゆらぎ系」-> 「作用する系」 たとえば、分子モーターの挙動を観測して(トラップを張って待ち続けて) たまたま結果が出たときに動作する、もう1つの「コントロール系」があったとしたらどうか。 つまり、最初に幾つかの「情報を保持し続けられる」基本的なコントロール系さえあれば、 熱ゆらぎに満ちた対象を、不確定という条件下で(いつ実現するかわからない、 そしていつまでも実現し続けるわけではない〜いつかは消える)コントロールする(影響を与え続ける) ことができる、というわけである。 ***** 分子モーターの先に、一次元の連成振動子を付けたら、、、 壁|......○.....○......○....|<-モーターの出力 ↑バネ ↑質点 結局は出力は必ずモーターに跳ね返ってくるはず。 このバネと質点がすごくながーく延びたのが「気体分子の熱運動する部屋」と考える。 (端の壁が自由端であっても考えは同じ、跳ね返ってくることには変わりない) この思考実験から、出力先の部屋の温度を上げることは不可能であることがわかる。 ○.....○......○....| -> モーターの入力 . | | . | | . | V ○.....○......○....| <-モーターの出力 しかし、上のようにエネルギーが循環しているとなると話は違う。 これなら振動が一方向きに回転することも有り得るではないか。 ***** 以前に書いた 「2つの速度の異なる分子モーターを向き合わせて相撲をとらせたら、一方向きに回るのではないか」 という予想について -> 速度が違っていても、実は一方向きにはならない。 速く順方向に回るモーターは、実は速く逆方向にも回る。 ゆっくり順方向に回るモーターであれば、逆方向に押されたときに強い(押されても反応しない)。 最終的には、最初に与えた情報量の大小で向きが決まる。同等の仕組みの分子モーター同士なら速度差があっても互角。