計算機実験
ワープゾーンの検証: 物理的なルール
2007/12/20  

ところで、ひとまず棚上げにしておいたワープゾーンの可否はどうなのだろう?
そもそもワープゾーンが物理的に不可能なのだとしたら、このシミュレーション自体、物理的な意味を持たないのではないか。 シミュレーションとは自由である反面、物理的に不可能なものであっても、それなりに描き出せるといった危険性を持つ。 まずは「物理的に可能」であるとは何か、ここでのルールを明確にしよう。

   物理的なルール
・ルール1: ニュートンの運動法則に従う
・ルール2: 摩擦が無い
・ルール3: 決定的である、因果律を満たす

ルール1については問題ないだろう。
ここでのシミュレーションは古典力学に基礎を置く。

ルール2について。
なぜ摩擦が無いことをルールに入れたのか。 それは、ここでのシミュレーションが極めて小さな「分子の世界」、「ナノ・テクノロジーの世界」を想定しているからだ。 そもそも摩擦とは、巨視的な物体の運動が微視的な分子の熱運動に散逸する過程で生じる。 ここでのシミュレーションは、もともと分子の熱運動を扱っているのだから、これ以上小さな「熱運動」は存在しない。
摩擦が無い状態は、日常的な感覚とはかなり食い違っていることに注意。 例えば、このシミュレーションの世界では、ボールが「壁にぶつかって止まる」ことはない。 また、「一方通行の弁やラチェット」のような仕組みは存在しない。 全ての部品は可逆的に、行きも帰りもえこひいきなく、同等に動作しなければならない。

ルール3については説明が必要だろう。
「決定的である」とは、ある1つの初期状態に対して、必ず1つの結果が対応する、という意味だ。 また、この逆に、ある1つの結果には、必ず1つの初期状態が対応していることも要請される。 原因と結果が必ず1対1に対応すること。 1つの原因から(確率的に)異なる2つの結果が導かれたり、反対に、異なる2つの初期状態から同一の結果が得られたりしてはならない。 同じ条件で開始したシミュレーションは、何回行っても必ず同じ結果にたどり着かねばならない。 (疑似乱数の初期値を変えない限り)  また、シミュレーションの時間を反転して、結果から全く逆の過程をたどれば、もとの開始の状態に戻ることができなければならない。
(実は、このルール3は完全に守られてはいない。詳しくは後述↓

   ワープゾーンの存在可能性

上の3ルールを満たしつつ、ワープゾーンを構成することは可能なのだろうか。 私は可能だと考えている。 その理由は、ワープゾーンの動作が可逆であるからだ。 もしワープゾーンが分子を「広い範囲から狭い範囲に」転送したとすれば、それは物理的に不可能であろう。 熱運動する分子をより狭い領域に押し込めようとすれば、そこには必ずや外部からの自由エネルギー投入が必要となる。 ところが、シミュレーションに用いたワープゾーンは「同じ大きさの範囲に」転送を行っている。 転送前と転送後は1対1に、上への対応となっている。 なので、転送のプロセスは必ずしも外部からの自由エネルギー投入を必要としない。 転送前と転送後の状態に着目すれば、ワープゾーンが物理的なルールを満たしていることが明らかとなる。

・分子の運動量は変化していない
  = エネルギーの増減がない
  = ルール1、2:を満たす
・分子の「動き得る範囲」を狭めてはいない
  = エントロピーの減少がない
  = ルール3:を満たす
具体的なワープゾーン内部の仕組みは、かなり複雑なものとなる。 そこには「完全な剛体」や「瞬時に動く物体」などの理不尽な幾つかの仮定を布くことになるだろう。 なので、この場でワープゾーン内部の仕組みについて詳しくは述べない。 どうしても気になる方は理論編 第2章を参照のこと。

   エネルギー等分配の仮定について

実は、上に掲げたルール3は、ここでのシミュレーション全体に対しては適用できない。 というのは、一方向のエネルギーの流れが確認できたシミュレーションは全て、何らかの形で”エネルギーを等分配するプロセス”を含んでいるからである。

例: 速度の平均化
シミュレーションでは、ボールと振動子の衝突時に”速度の平均化”を行っている。 ”速度の平均化”とは、全エネルギーを一定に保ちつつ、互いの物体の速度の差を小さくする処理である。
 @ 速度Root(1)の分子 + 速度Root(9)の振動子 => 速度Root(5)の分子 + 速度Root(5)の振動子
 A 速度Root(4)の分子 + 速度Root(6)の振動子 => 速度Root(5)の分子 + 速度Root(5)の振動子
この例では @、Aという2つの異なる状態から、同一の結果が生じている。結果から逆に元の状態を再現できないので、ルール3は満たされていない。

”エネルギーを等分配するプロセス”は、純粋に力学的なプロセスだけから作り出すことはできない。 ”エネルギーを等分配するプロセス”は不可逆過程(不等式)、純粋に力学的なプロセスは可逆過程(等式)だからである。
物理的な状況を考えた場合、”エネルギーを等分配するプロセス”は理不尽な仮定ではない。 高温の物体と低温の物体との間でエネルギーのやりとりを行えば、最後には等しい温度に落ち着く、というのは周知の事実であろう。 このシミュレーションでは、10の何十乗といった大多数の分子を扱っているわけではないので、その代わりにエネルギー等分配の仮定を布いたのである。

純粋な力学から不可逆過程を導く、というのは統計力学上の大問題だ。 そして、純粋な力学だけから不可逆過程を導くことは不可能で、統計力学では確率的な仮定を導入している。 シミュレーションで用いたエネルギー等分配の仮定は、統計力学で導入されている確率的な仮定と同じ内容を含んでいるのである。

シミュレーション全体ではなく、上で問題としたワープゾーンに限って言えば、純粋に力学的なプロセスから構成できる(というのがここでの主張)。 不可逆過程の導入は考慮していない。

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