序章 甦るMaxwellの悪魔
悪魔の兄弟、Maxwellの悪魔とLaplaceの悪魔の違いについて
2006/08/14  

「Maxwellの悪魔は実在する」

本論の主張を直感的に把握するには、やはり悪魔の寓話によるのが最も手っ取り早いと思う。 以下のお話はやや正確さには欠くが、本論で言わんとする核心を突いたものである。

Maxwellの悪魔と対になって語られるものに、Laplaceの悪魔がある。 Laplaceの悪魔とは、この宇宙に存在する全ての粒子についての位置と運動量を計算することができるという、人知を越えた架空の存在のことである。 Laplaceの悪魔にとって、この世に未知の要素は微塵も無い。 従ってLaplaceの悪魔は全く外れることのない、完全な未来予測ができることになる。

Maxwellの悪魔とLaplaceの悪魔、この2匹(?)の悪魔はしばしば「兄弟」として語られることがある。 なぜなら、一方が存在すれば、他方も存在可能となるからだ。

もしMaxwellの悪魔が存在すれば...
Maxwellの悪魔が生み出した自由エネルギーを利用して、宇宙に存在する粒子の運動を次々に測定してゆけば、いずれ未知の粒子はなくなるだろう。 少なくとも、未知の粒子は減ってゆくはずだ。 あらゆる粒子の運動が機知のものになれば、あらゆる運動が予測可能となるのだから、未来の全てを言い当てることができるようになるだろう。 あるいは、未知の粒子が減るにつれて、未来予測の精度は限りなく上がってゆくはずだ。
(Laplaceの悪魔は不確定性原理によって否定される、というお話があるが、ここでは古典的な範囲に止め、量子の世界に深入りしないこととする。)

もしLaplaceの悪魔が存在すれば...
あらゆる粒子の運動が予測可能なのだから、もはや「でたらめな熱運動」というものはあり得ない。 気体分子運動についても、次の瞬間にどの向きからどれほどの強さで分子が飛んでくるのか知り尽くしていうのだから、その運動を利用したい方向に向けるのは容易なことだろう。

こういうわけで、2匹の悪魔は一見すると等価にも思える。 しかし実のところ、この2匹の悪魔は等価ではない。 Maxwellの悪魔は存在し得るが、Laplaceの悪魔は存在し得ない。 つまり、熱運動から利用可能なエネルギーを取り出すことはできるが、それによって、完全な未来予測が(あるいは、より精度の高い未来予測が)可能になることはない。

なぜMaxwellの悪魔の方だけが存在できるのか。 実は、この2匹の悪魔の差異こそが、Maxwellの悪魔自身の謎を解く鍵なのである。

Maxwellの悪魔は「未来予測の精度を上げない範囲において」その活動を許されている。 Maxwellの悪魔がどれほど活動しても、その結果として、宇宙全体の情報量が増えることはない、又、増えてはならない。
ちょっと考えてみると、未知の運動量を持つ粒子を既知の運動量の粒子に変換する行為〜測定〜は情報量増大のプロセスであり、もう一方に情報量減少のプロセスがなければ釣り合いがとれないように思える。 それゆえ、測定のみを行い、情報量増大だけを行う悪魔は存在し得ぬものと、これまで誰しもが考えてきた。
しかし、悪魔は必ずしも先に測定してから行動を起こす必要はない。 分子の運動量を得る代わりに、他の何物かを犠牲にすれば、情報量の増大を招かずとも済ますことができるのではないか。 それでは、失うべき「他の何物か」とは一体何なのか。 結論を言えば、それは「確定した未来の情報」である。 何らかの方法で未来に不確定な要素を残すことができれば、情報量についてのつじつまを合わせつつ、分子の運動量を得ることが可能となる。 つまり、Laplaceの悪魔を召還することなしに、Maxwellの悪魔だけが存在できることになる。

未来を不確定にしながら利用可能なエネルギーを取得する方法、それは、取り出されたエネルギー自体に何らかの不確定要素が盛り込まれてることを意味する。 取り出されるエネルギーを粒子の運動と考えた場合、考慮すべき要素は3つある。
 1: 向き
 2: 大きさ(絶対値)
 3: 時間
である。

 1: 運動の向きが不確定であっては利用できない。
 2: 運動の大きさについては、平衡に達した熱運動がすでにこれ以上ばらつきを増やせない程にばらついている。(熱平衡状態=情報量が最も少ない状態となっている。)
  仮に熱運動と区別できるような大きさの運動が取り出せたとしたら、その過程で必ず情報量は増大するはずだ。よって運動の大きさに情報量の減少を盛り込むことはできない。
 3: 時間が、つまり作用する時刻が不確定な場合はどうなるだろうか?

もし利用可能なエネルギーを取得する時刻が不確定だとすれば、このエネルギーの存在自体によって「確定した未来の情報」は失われることになる。 仮に、いまLaplaceの悪魔が住むような「完全に知り尽くした、理想的な世界」があったとしよう。 ここに、いつエネルギーが発生するかわからない、不確定なエネルギー源を持ち込んだとしたらどうなるか。 完全な知識は不確定なエネルギー源によって破壊されるだろう。 つまり、エネルギーが取り出される時刻が不確定なときには、その不確定な分だけ未知の熱運動を既知に変えることが許されているのである。 これこそがMaxwellの悪魔に許された行動であり、Maxwellの悪魔が、Laplaceの悪魔と違って存在できる理由なのである。

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